消防法は、昭和二十三年七月二十四日(法律一八六)に公布されている。旅館に対する規制経過措置等の特例があったにせよ、旅館経営者にとっては大きな出費を伴った。消防法は、公布以来三十三回の改正を重ね現行法となっている。つまり消防法は行政指導を主眼としたので、大きな火災事故の火災事故の発生のたびに改正が行われたのである。
旅館等の宿泊施設に対してもその都度消防設備の整備を義務化し火災予防は勿論、危険物保安をはじめ消防用機器の点検、警戒・消防活動に至るまで規制し義務化してきた。
更に昭和四十四年に発生した福島県郡山市の熱海磐光ホテルの火災をはじめ、多くの死傷者を出した川治温泉ホテル、ホテル・ニュージャパン等の大火災では経営者の責任追及が世論となった。消防行政はこれらの経験に基き、経営者等に対する責任を重く見るようになって、一層保安義務と建物に対する火災予防上の規則を強めた。
川治温泉ホテル火災(昭和五十五年十一月二十日)後の消防行政は立入検査と、消防設備の施設基準向上にむけられ、屋内消化栓をはじめ防火区画の整備などが強化された。このような消防行政に対して、協同組合は防災衛星委員会(委員長沖山賢)が中心となって、旅館ホテルの施設改善の指導にあたるかたわら、県、町等の公的援助を訴えた。その後旅館ホテルに対する助成として神奈川県の「防災施設整備補助金制度」が生まれ、箱根町の「箱根町宿泊者災害見舞金基金条例」が制定された。更に箱根町は「宿泊者見舞金制度運営委員会」を設けた。特に箱根町が見舞金基金条例のほか旅館ホテルの防災施設整備のための補助金制度を単独で設けたことは特筆すべきである。
ホテル・ニュージャパン火災(昭和五十七年二月八日)後の消防行政は、更に旅館ホテルの安全確保のため、消防設備の改善を強化し、消防庁次長通知として都道府県知事あて通達された行政指導によって、「防火対象物にかかる、表示・公表制度」が実施された。所轄消防機関はこの通達に基づく点検と判定検査を実施し、いわゆる防火基準適合表示「適マーク」制度が昭和五十六年に設けられた。現在旅館の交付率は八一パーセントとなっている。
【消防法】
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